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『AIの遺電子』第1話「バックアップ」から、自分とは何かについて考察した。

あらすじ

「ヒト指向型人工知能の複製等に関する法律」
ヒト型AIの複製が人格の尊厳や社会秩序に問題を及ぼすとして制定
違反者には30年以下の懲役が課されヒューマノイドは場合によって身体を剥奪される

患者「A」女性 成人 ヒューマノイド。
彼女はいま、ウイルスに侵されている。身体の震えが止まらない。半月前、法律で禁じられている記憶のバックアップをおこなった際に感染したようだ。このままでは、ひと月もしないうちに全ての機能が停止してしまう。

幸いバックアップへの感染はない。
一度本体のデータをフォーマット(消去)し、そこにバックアップを上書きすることにより修復が可能だ、と患者「A」に伝える主人公、新医師・須藤。

患者「A」は”オペ”を前にして躊躇する。修復後の自分は自分と言えるのか。今の自分を失うことに葛藤する患者「A」の選択は…。

 

考察

『AIの遺電子』との出会い

『AIの遺電子(アイのいでんし)』との出会いは正直具体的には覚えていないが、4巻と5巻の間の時期、職業柄IT系ニュースを見ることが多くそこで紹介されていた記事を読んだことがきっかけだったように記憶している。
仕事終わりに家の近くの本屋に立ち寄り、秋田書店のコーナーを探して、そのとき発売されていた1巻から4巻までを購入して帰った。時間を忘れ、その世界に没入した。

この作品の好きなところ。

  • 一話ごとに”読後感”が心地よい
    私の言う読後感は話を読み終えた後の印象のことで、考えさせられる話であったり、懐かしいような切ないようなもう一度じっくりと読み返したくなるそんな感情のこと。
  • AIをテーマにした作品
    私が好きなAIが題材の漫画。それだけで楽しい。
  • 哲学的な内容
    人間、ヒューマノイド、産業用AIなどそれぞれの立場を医療の観点で見せつつ、その実は「人間とは何か」、「生命とは何か」、「価値観の違い」を考えさせる哲学的な作品であると捉えている。

 

第1話の感想

修復により一週間分の記憶が失われた状態になりつつも正常に戻る。周囲から見れば以前と何ら変わりの無い姿で、取るに足らない悩みに過ぎないのかもしれない。しかし、仮に私がその判断を迫られた場合、自身が別物になってしまう恐怖が生まれるだろう。私に私の記憶と人格を入れ直すのは間違いないが、何かが違う。

ヒューマノイドの人格複製は生物のクローンと同等だ。
同じようで違う、違うようで同じ「それ」を認めてよいのだろうか。

身体、五感、心、それとも社会との繋がり。自分を自分たらしめるものはいったい何なのか。ヒューマノイドのバックアップという例を用いて「自分とは何か」を問う、第1話にして『AIの遺電子』を代表する40ページ。

人格のコピーはこの後の話でも登場する核となるテーマのようだ。

以下のページから第1話の試し読みができるのでぜひ。

参考

AIの遺電子秋田書店

人工知能について考える

人工知能を考える上で避けて通れないのが、人権をはじめとしてこれまで市民が勝ち取ってきた権利や自由に関する事項をどのように人工知能にあてはめるか、という認識の共有である。
これは法律の問題でありながら、それに並んで哲学的な問題でもある。

「記憶や人格を複製してはいけない」という法律ができる前には、「複製から生まれた記憶や人格は何者だと言えるのか」という問いが存在するであろう。
冒頭の引用にもあるように複製元の人格の尊厳が失われるという倫理問題にもなりうる。

そしてそもそも人工知能に関する法律を制定するにあたり、人間一人ひとりの価値観の違いこそあれ人工知能を従来の単なる機械とは別のものとして捉える認識が必要になるであろう。

今後 人工知能が発達し『AIの遺電子』のような世界が訪れたとき ―いや、実はもうすぐそこに― 人間以外の彼らを生命体として受け入れることができるかそれが試される時代がやってくるのかもしれない。

 

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